「部活が嫌で行かなくなったのがきっかけです」

茨城県:ゆっこ様
不登校期間:中1から中3
小学校の頃から周りに馴染めず息苦しさを感じていて、両親が共働きだったこともあり、学校に行ったふりをして、両親が職場に行ったのを見計らって家に帰って学校をサボることを度々していました。
その時から学校に行かない罪悪感よりも登校しない開放感の方が強かったです。
学校に行かなくていい日は何て過ごしやすいんだろうって思いました。
特にいじめられていたわけでもないし、特定の友達がいなかった訳でもありませんでしたが、日々学校で起きる人間関係の問題が煩わしかったです。
いじめられてる子を見るのもいじめてる子を見るのもそれを放っておく子も全部嫌で自分の中で気持ちの整理が出来なかったんだと思います。
ずっとモヤモヤした気持ちを抱えながら中学校に行きました。
部活は運動部に入ったのですが、練習がきついのもありますが、また先輩後輩のしがらみみたいなのがあって、挨拶するのも怖くなってきてしまいました。
夏休みになると部活も学校帰りに行くわけではなくなるので、自然と足が向かなくなり部活を無断で休むようになりました。
夏休み明け当然無断で休んでいた部活に行くなんて出来なくなりましたが、退部なんて怖くて言い出せませんでした。
学校にら行かなければ、部活にも行かなくて済む。
そう思った私は最後に仲が良かった友達に明日から学校行かないとだけ告げて不登校になりました。
その時は嫌で嫌で逃げたい一心で、どのくらい行かないとか学校に行かないと人生どうなるかなんて全然考えられなかったです。
元々友達と会える楽しみより学校に通う煩わしさの方が大きかったのだから仕方ないと思います。
逃げることを決めた時は一代決心でしたが、いざ休んでみると誰も何も言わないんです。
あれだけ悩んで一代決心して行かないって決めたのに、こんな簡単に逃げられるもんなんだなって思いました。
無理しなくていいんだと。
きっと周りは数日休めば落ち着くだろうと思っていたんだと思います。
でも私は違います。
私は行かないことを選んだんです。
そこからは私にとって不登校が当たり前で悪いことだとも思って無かったです。
先生や友達が月に数回、学校来るように言いにきてくれることはありました。
来てくれた時は申し訳なく心を動かされることもあったけど、その場だけでいつも終わってしまいました。
不登校は期間が長くなればなるほど登校しづらくのるものです。
でも親は辛抱強く待ってくれました。
怒ることもなく私の気が変わるのを待ってくれていました。
私はそれに甘えてしまったんだと思います。
だらだらと1年、2年と過ごしてしまいました。
ずっと心にあったのは親を悲しませてしまい申し訳ないという気持ちでした。
勉強だけは自己流でも続けて高校生からは親のために学校に行こうと考えていました。
自己流の勉強は正解なのか不正解なのか分からず半ば祈るような受験勉強でした。
結局中学は卒業まで登校できませんでしたが、祈るような高校受験は何とか合格し、高校からは学校に行くことができました。
当時は学校に行くか行かないかの2択しか思いつかなかったですが、今思えば転校とかも可能だったのにとも考えます。
親も選択肢がわからず辛い思いをしていたと思います。
もっと沢山の選択肢があることをそれを選択しても当たり前であることが周知されるようになると良いと思います。
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