「過敏な気質(HSC)による集団生活への疲れ」

東京都:SORA
不登校の期間:小学校5年生〜中学校卒業まで
不登校の理由:
過敏な気質(HSC)による集団生活への疲れ、担任教師とのコミュニケーションの不一致、および「学校」というシステムの画一的なルールに対する違和感。
「お腹が痛い」。その一言から、娘の長い不登校生活が始まりました。
最初は一時的なものだと思い、「少し休めば行けるようになるだろう」と楽観視していました。
しかし、数日が数週間になり、数ヶ月が過ぎる中で、私は親としての焦燥感と、社会から取り残される恐怖に押しつぶされそうになっていました。
当時の学校側の対応は、決して悪意があるものではありませんでしたが、「再登校」を唯一のゴールに据えたものでした。
担任の先生は「保健室まででいいから」「放課後だけでも」と熱心に誘ってくださいました。
しかし、それは娘にとって、守られている家から戦場へ引きずり出されるようなプレッシャーでしかありませんでした。
学校側の「善意の励まし」が、本人をさらに追い詰めていく。
この「再登校ありき」の支援の限界を痛烈に感じました。
特に行政や学校現場に対して強く改善を求めたいのは、「学校以外の学び場」に対する公的な支援と評価の乏しさです。
娘は学校には行けませんでしたが、家ではタブレットを使って自ら興味のある分野を学び、オンラインのコミュニティで同年代と交流していました。
しかし、それらは当時の学校評価(内申点)には一切反映されませんでした。
学校に行かない=教育を受けていない、というレッテルを貼られているようで、親子で何度も悔しい思いをしました。
その後、民間のフリースクールへの通所を検討しましたが、ここで大きな壁となったのが経済的負担です。
フリースクールの月謝は月々数万円にのぼり、それとは別に給食費代わりの昼食代や交通費がかかります。
一方で、利用していない義務教育の公立学校には多額の税金が投入されています。
この教育予算の「持ち出し」ができない現状に、強い憤りを感じました。
「学校に通えない子」を選択したのではなく、今の教育システムに合わなかっただけの子どもたちが、なぜこれほどまでに経済的な制約を受け、教育の機会を制限されなければならないのでしょうか。
行政には、以下の3点を強く要望します。
第一に、フリースクールや家庭学習(ホームスクーリング)にかかる費用に対する経済的助成の拡充です。
フリースクールを利用したくても、経済的な理由で諦める家庭は少なくありません。
第二に、オンライン学習や学外での活動を、より柔軟に「出席扱い」とし、成績評価に反映させる仕組みの全国的な統一です。現在は自治体や校長の裁量に任されすぎており、住む場所によって教育格差が生まれています。
第三に、学校の役割の多角化です。学校は「全員が同じ場所で同じことをする場所」ではなく、「多様な学び方の拠点(ハブ)」であるべきです。
週に数日だけ通う、特定の授業だけオンラインで参加する、といったグラデーションのある登校スタイルを当たり前の権利として認めてほしいのです。
不登校は「問題行動」ではなく、その子が自分自身の心と体守るための「自己防衛反応」です。
世間の皆様にお願いしたいのは、「不登校=かわいそうな子、怠けている子」という偏見を捨ててほしいということです。
彼らは、今の日本の硬直化した教育システムに対して、自らの身をもって「NO」を突きつけている、ある意味で非常に誠実な存在でもあります。
「学校に行かない」という選択をした子どもたちが、罪悪感を抱くことなく、自分のペースで社会と繋がっていける。そんな多様な学びが保障される社会になることを、切に願っています。

この体験談は、ご本人に書いていただいたものです。(改行のみ調整)
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