「仲の良かった友達と少しずつ距離ができてしまった」

mizuho様
不登校の期間:中2〜
不登校の理由:仲の良かった友達と少しずつ距離ができてしまったこと
私が保健室登校をするようになったのは、中学2年生のときです。
クラスで仲の良かった友達と少しずつ距離ができてしまい、学校へ行くこと自体がつらくなりました。
朝になるとお腹が痛くなったり、「今日も行かなきゃ」と考えるだけで気分が落ち込んだりして、休む日が増えていきました。
最初は家で休んでいましたが、このままずっと学校へ行かなくなるのも不安でした。
そんな時に担任の先生から「教室じゃなくて保健室に来るだけでもいいよ」と言ってもらいました。
最初は保健室へ行くのも緊張しましたが、教室へ入らなくてもいいと思うと少し気持ちが楽になりました。
保健室登校を始めたのは、不登校になって1か月くらいたった頃だったと思います。
朝はみんなが教室へ入ったあとに学校へ行って、保健室で過ごしていました。
本を読んだり、学校から出されたプリントをやったり、疲れた日は少し横になったりしていました。
養護の先生が「今日は来られただけでも十分だよ」と声をかけてくれたのが本当にうれしかったです。
保健室には私以外にもたまに同じような子が来ることがありました。
でも、お互い無理に話すことはなく、それぞれ好きなことをして過ごしていました。
そのくらいの距離感が私にはちょうど良かったです。
良かったと思うのは、完全に家へ閉じこもらずに済んだことです。
家にいると昼まで寝てしまうこともありましたが、保健室へ行く日は朝起きて準備をするので、生活リズムがあまり崩れませんでした。
それと、学校の先生と少しでも話す機会があったので、「学校とつながっている」という安心感もありました。
ただ、不安なこともありました。
保健室は体調が悪い人が来る場所なので、インフルエンザの子やケガをした子が来ると、私は別の場所へ移動することもありました。
「自分がずっとここにいて迷惑じゃないかな」と思うこともありました。
一番気になったのは、同級生の目でした。廊下で会うと「なんで保健室にいるの?」と聞かれたり、「早く教室に戻りなよ」と言われたりしました。
悪気はない言葉だったと思いますが、そのたびに少し傷ついていました。だから休み時間はあまり廊下に出ないようにしていました。
勉強も少し心配でした。
授業を全部受けられるわけではないので、プリントだけでは分からないところもありました。
テスト前になると「みんなについていけるかな」と不安になることも多かったです。
それでも先生が時間を見つけて教えてくれたり、分からないところを聞けたりしたので、何とか頑張ることができました。
保健室登校は半年くらい続きました。
最初は保健室にいるだけでしたが、そのうち空いている時間だけ教室へ行けるようになり、少しずつ授業にも参加できるようになりました。
急に元通りになったわけではありませんが、「今日は1時間入れた」「今日は最後までいられた」と少しずつできることが増えていきました。
今振り返ると、あの時に保健室という場所があって本当に助かったと思っています。
もし「教室へ行けないなら休むしかない」という状態だったら、もっと学校から離れてしまっていたと思います。
もちろん保健室だけで全部解決するわけではありませんし、学校によって対応も違うと思います。
でも、教室が無理でも安心して過ごせる場所があるだけで気持ちは全然違いました。
不登校になると「早く普通に戻らないと」と焦ってしまいます。
でも私の場合は、無理をして教室へ戻ろうとするより、保健室で安心して過ごせる時間があったからこそ、少しずつ前に進めたと思っています。
同じように悩んでいる人がいたら、「教室だけが学校じゃない」と知ってもらえたら気持ちが少し楽になるのではないかと思います。

この体験談は、ご本人に書いていただいたものです。(改行のみ調整)
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