「新しいクラスになじめなかった」

福岡県:たけのこさん
不登校期間:中学3年の2学期~3学期。
中学3年の時に不登校になった当事者です。
中学は毎年クラス替えがあり、中学2年までは仲の良いグループ数人と同じクラスだったのですが、3年のクラス替えでクラスで同じグループの子の一人とだけ同じクラスになりました。
1学期はその子も含め、新しい友達も数人で来たのですが、2学期になると同じグループの子が登校拒否になりました。
幸い他の友達もいたのではじめは良かったのですが、1週間ほどだったころ、担任の先生から登校拒否になったグループの子を迎えに行けと言われました。
「仲がいい子がさそったらくるかもしれないだろう」と。
自宅からその子の家までは自転車で30分以上かかります。
結局その子の説得ができず、その日は遅刻していきました。
担任の先生はそのことに対して何も言われず。
明日も迎えに行ってみてくれと言われ迎えに行くことに。
それが繰り返されると遅刻しても注意もされず、逆に迎えに行けと言われると、一緒に行かなければ学校にいけない気がしてきてだんだんと学校から足が遠のいていきました。
登校拒否の始まりです。
2学期の終わり掛けになるまで担任の先生は自分がきっかけだったからなのか、登校拒否になったことを親に言うことはありませんでした。
その間、別の友達が登校拒否の私を何度か迎えに来てくれました。
もしかしたら私の時と同様に担任から言われたのかもしれません。
それでもすでに何日か学校に行けていなかったため、学校に行くことが不安で、友達と一緒に行くことはありませんでした。
冬休みもまじかになり、受験一色になるころやっと親に連絡がいき、親と先生とで話をした末、教室に行かずとも相談室にとうこうすれば登校扱いにしてくれるということになりました。
その先生の資質だとは思うのですが、親に自分から連絡をとることなく仲のよい生徒任せということが今思うとよくなかったのではないかと思います。
一度体調不良などではない理由で遅刻や休むと学校にいきづらくなるという心理が働いてしまうと思います。
私の場合は相談室登校が許されたこと、学校の担任以外の先生とは比較的仲が良く、授業がない時など個別に授業をしに来てくれたこと、ほかのクラスには仲のよい友達が多かったことなどもあり、3学期はまるまる登校することができましたが、状況が整っていなければ3学期も登校できずに終わったのではないかと思います。
かなり前の出来事なので、もしかしたら今は改善されているかもしれませんが、3学期も登校できなければ出席日数が足りず公立高校を受験することができなかったそうです。
もし可能であればリモートでも出席扱いをしてもらえたり、中学生でもレポート提出などで出席扱いにしてもらえるなど環境を整えてほしいなと思います。
また、もう少し公立中学、小学校でも校区に限らず転校を安易にできるようにしてもらえたり、クラス替えも可能にしてもらえれば環境になじめない子にとってはハードルが低くなるかなと感じています。
この記事は、体験者ご本人に書いていただいたものを、改行のみサイト管理人が行いました。

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